在来工法の住宅設計、注文住宅、リフォーム、不動産のことまで国立市の大日建設株式会社にご相談を! 
 
  折々の雑感 
 
大日行政書士事務所 
 
 
 
   
   
   
   
   
 
 
 
所在地 国立市北2-8-1 
℡ 042-577-1811 
FAX042-577-1402 
fuji25@kind.ocn.ne.jp
関連リンク集 
 
警視庁職員信用組合
齋藤成俊税理士事務所 
カマノ土地家屋調査士 
有限会社「北栄」 
 
 
地域の皆様と共に46年、住宅建築や不動産のことはお任せ下さい。我が社は、あなたの夢を形にする技術と熱意を持っています。 
  ごあいさつ   
 当社は、昭和50年に建設業・不動産業を創業以来、国立市を中心に都内及び近県においてお客様にご愛顧をいただき今日を迎えております。その間、公共事業をはじめ一般住宅の建設、リフォーム等を多く受注させて頂く一方、不動産部門においても積極的に取引・仲介をさせて頂いております。これからも、長年の実績で培われた技術と信用を大切にして参る所存でありますので、社長 杉山武久末永くお付き合いをお願いいたします。
    大日建設株式会社 代表取締役社長 杉山武久 

 〒186-0001東京都国立市北2丁目8番1  
 電話 042-577-1811 FAX 042-577-1402  メール fuji25@kind.ocn.ne.jp
 
我が社の玄関と応接室では、花を生けてお客様をお待ちしております。(R3.4.22)  
 
 「間仕切りとマスク、更に手指等の除菌を徹底して応接致します。」
 

自社所有賃貸物件 
 我が社は不動産物件」も扱っています。
 
賃貸物件 所在地  家賃  構造  名称・号数 
賃貸2001 立川市幸町3-20-31  月4万9千円 1K  ヒルズ
賃貸2002 立川市若葉町4-6-2  月4万7千円 1K  ヒルズ若葉
賃貸2002  立川市若葉町4-6-2  月6万3千円 2DK  ヒルズ若葉 
賃貸2002  立川市若葉町4-6-2  月4万8千円 1K  ヒルズ若葉
賃貸2003  立川市幸町2-55-3  月6万8千円 2DK  ホワイトコート
賃貸2004  国立市北2-8-1 月6万9千円 1K  ヒルズ国立 
 ※現在「ヒルズ若葉」には4部屋空き室が御座います。
折々の雑感 
 
雑感 「台湾パイナップルを食べつつ、台湾に貢献した日本人を想う」(R4.4.22)
 台湾パイナップルに中国は害虫がいたとして、今年3月から輸入を停止され、行き場を失ったパインを日本などが大幅に輸入して台湾を助けようとしています。その美味しさは噂以上などと報道され、品薄状態でしたが、最近ようやく多摩地域のスーパーでも店頭に並び始めたようです。早速、その美味さを確認するため購入したところ、甘さ、ジューシーさは評判とおりでした。そこで思い出したのは、昭和24年(1949年)の国民党(蒋介石)と共産党(毛沢東)の最終決戦とされる金門島の戦いで活躍した元陸軍中将であり、後に中華民国の軍人になった福島県岩瀬郡(現須賀川市)出身根本博のことでした。
 この方は昭和20年の終戦時は内モンゴルの陸軍司令官でしたが、日ソ不可侵条約を破棄して侵略するソ連軍と、武装解除命令に従わず戦い続け、約4万人の在留邦人を日本に帰国させています。一方、武装解除に従った関東軍や満州の在留邦人がソ連軍に残虐な扱いを受け、約60万人がシベリアに抑留になった事と大違いです。しかし、根本博の要請から多数の日本人退却を助けたのが、後に台湾総統となる蒋介石でした。この恩義を忘れなかった根本は、1949年に共産軍に敗れた蒋介石の窮地を救うために、密入国で台湾に渡り、金門島の防衛戦に軍事顧問として参戦し、崩壊寸前の国民党軍が共産党軍を撃破し、今も金門島を実効支配を続け台湾防衛の最前線となっています。台湾危機が叫ばれる昨今ですが、台湾パインを食べつつ、
根本博を誇りとしたいものです。

雑感 「“ハンカチの木”に花咲いて 春来たり」(R3.4.15) 
 ハンカチノキは、中国の四川省・雲南省付近原産と言われ、花についた白い大きな2枚の苞(葉の変形したもの)が垂れ下がり、日本では「ハンカチの木」や「幽霊の木」などの別称があります。都内では、小石川植物園、深大寺植物園、田無演習林など数か所にあるだけの、大変珍しい木と聞きます。
 昨日は近所の一般家庭に植えられた“ハンカチの木”に今年も花が咲いたと知りました。この“ハンカチの木”は、花が咲く迄20年近くかかったそうで、植えた人が「今年こそ咲きそうだ」と語った年の春先に亡くなっています。亡くなると本当に花が咲いたので、その写真を仏壇に飾ってあげたそうです。三回忌のときは風の強い日で「
ハンカチを振るが如きの三回忌」と詠み、仏壇の写真も新しくしてあげたそうです。今年も咲いたばかりで、花や葉もまだ小ぶりですが、昨夜来の風雨にも耐えて咲いています。
 “ハンカチの木に 花咲いて春来たり”
 “ハカンチの木の 花揺れて知る命日”
 “ハンカチの木の 花咲いて何想う” 

雑感 「皆さん、巣ごもり生活を有意義に過ごす工夫をしています」(R3.4.11) 
 昨年来のコロナ禍から、巣ごもり生活がこんなにも長く続きますと、自宅で出来る新たな趣味や生活スタイルとして、プチ湯治を楽しんだり、ビデオ鑑賞や読書、或いは、DIYや男料理に挑戦したりする人が多いと聞きます。
 先日、友人宅を半年ぶりに訪問しますと、以前は無かったのに台所の前に料理店のメニューのようなものが並べて掛けてありました。直ぐに質問すると、「一応、マスターした料理で自分が食べたくなったら、裏に書いたレシピを見ながら作っている」と語っていました。料理の勉強はユーチューブからだそうで、かつてなら秘伝として門外不出の技術やコツも惜しげもなく公開しています。殆どの料理のレシピやコツなどをネットで知ることが出来ますから、本職の方々と比べても、それほど遜色なく作れるそうです。この日は、前日時間をかけて作ったという、豚バラの角煮をお茶請けに頂く間に、鶏モモの照り焼きに、ラッキョを隠し味にしたタルタルソースがけを作ってくれました。
 このタルタルソースだけでも、作り方を聞いて来ました。
 二・三人用として、ゆで卵二個、ラッキョ五個、玉ねぎ半分を全てみじん切りにして、酢大サジ2、砂糖小サジ2、酢小サジ1、塩、こしょう少々にマヨネーズやケチャップは好みで適量を加えて混ぜ合わせたそうです。
 “巣ごもりや 料理の腕を 自画自賛”
 “巣ごもりの 囲碁の相手は  AIか” 

雑感 鯉のぼり 都会の空は 気をつかう」(R3.4..4) 
 中国の黄河上流には竜門と呼ぶ激流が続く難所があって、そこを登ることができた鯉は龍になれるという“登竜門”伝説は受験などのたびに親や先生に聞かせられたものです。日本の“鯉のぼり”は、江戸時代将軍家に世継ぎ誕生を祝い飾るようになったそうですが、時代の変遷とともに庶民もこれにあやかり、男の子が様々な困難を乗り切って大成することを期待して広まったのでしょう。
 先日、古くからのお客様の自宅近くを通りがかると、“鯉のぼり”を準備しているところでした。久しぶりでしたので声をかけますと、御孫さん二人が男の子なので、被れるサイズの兜などの五月人形とあわせ、鯉のぼりも奮発したとのことでした。私も男四人兄弟ですので、今頃の季節には庭先に父親が大型の“鯉のぼり”を上げてもらった事が蘇って来ました。郷里では敷地に余裕がありましたので、コンクリート製の造り付けの土台あって、それに竹竿を立てて5m大の鯉のぼりを上げていました。
 こちらのお宅では、下段の写真のように、20cm幅のベランダの壁にBSアンテナ金具を取り付け土台にして、伸縮式のポールを立てて、三方から張りを持たせていました。田舎町の屋敷が広い地域と違って、都会の住宅密集地では大型の“鯉のぼり”を上げることは難しいようですが、隣家まで5mほど離れていたなら、3mくらいの鯉のぼりを泳がせることが出来ると思います。それでも、風車が回る音が近隣に迷惑をかけないかと気を遣っていました。
 “鯉のぼり 祖父母の想い 天高し”
 “跡継ぎの 目出度き家の 鯉のぼり”
 “上げ下げも 孫より楽し 鯉のぼり”
 “鯉のぼり 登竜門の 方角は” 
 “鯉のぼり 都会の空は 気をつかう”

 “風かげん 孫と見上げる 鯉のぼり”
 “鯉のぼり 大きさ高さ 競い合い”

 “鯉のぼり 少子化知る 目安かな”

雑感 「他人を見る眼で見なければ自分の本当の値打ちはわからない」(R3.4.1) 
 1月は「行く」2月は「逃げる」3月は「去る」とも言われ、今年は早くも、おからの別称「卯の花」から転じた「うづき」の4月です。早朝、我が社のカレンダーを捲りますと、4月の標語は「他人を見る眼で見なければ自分の本当の値打ちはわからない」 とあります。自己評価するときは、厳しい眼で自分を見つめよと言うことでしょうが、“他人からの評価は、自己評価の半分以下”とも言われるもので、常に自分には甘いものです。
 そこで連想したのは、「
つもりちがい十ヶ条」でした。
 「つもりちがい十ヶ条
 高いつもりで低いのが  教養
 低いつもりで高いのが  気位
 深いつもりで浅いのが  知恵
 浅いつもりで深いのが  欲望
 厚いつもりで薄いのが  人情
 薄いつもりで厚いのが  面皮
 強いつもりで弱いのが  根性
 弱いつもりで強いのが  自我
 多いつもりで少ないのが 分別
 少ないつもりで多いのが 無駄
 これを読むたびには、その時々で幾つかは心当たりあるもので、そして、耳が痛いと思い反省すること度々です。

雑感 「国立3・4・10号国立榎戸線」は3月27日開通」(R3.3.27)
 JR中央線の国立駅の南口ロータリーからは、道路幅員43.6メートルの通称「大学通り(二十四間通り)」と呼ばれる大通りがJR南武線・谷保駅まで直線で伸びています。この道路の左右には、ソメイヨシノの桜並木が植えられ、国立の街のゆとりとセンスあるイメージアップに貢献していると思います。
 昨日(23日)は、久々にこの道路をクルマで通行しましたので、桜の開花状況も気になり、大学通りを跨ぐ歩道橋から観察して写真撮影してきました。桜の季節は、この歩道橋からの写真撮影は絶好のアングルなのですが、まだ一分か二分咲き程度でした。素人予測ですが今週末辺りが満開と予測されます。
 なお、JR国立駅東側の中央線ガード下を南北に通る「
国立3・4・10号国立榎戸線」は、ようやく完成し、3月27日(土)に開通されるそうです。これで南口ロータリー辺りの、回遊性、利便性はかなり良くなるのでしょう。画像は現場に掲示してありました。

雑感 業務用エアコンは、簡易点検、定期点検の義務があります」(R3.3.21) 
 汚れ切ったエアコンや室外機を見かけると、そのような施設では長居無用と思うことがあります。最近、相前後してビル清掃業者と某市役所の方と話をする機会がありました。ビル清掃業者は「最近はコロナ禍でエアコン洗浄の需要が多い。今年の年度末は、市の関連施設でも注文が多かったが、相当の期間洗浄していない所が殆どでした」と語っていました。一方、役所の方は「今年は予算に余裕が出たので、コロナ感染症対策の一環として多くの施設で年度末にエアコンを洗浄している」と事情を語っていました。市町村が管理する施設は、保育園、幼稚園、養護・介護施設、児童館、小・中学校、公民館、図書館、郷土資料館、市民ホール、集会所、消防団施設など意外と多いものですが、日常業務に追われエアコンや換気扇の洗浄までは行き届かないのでしょうか。
 それは、民間施設も似たようなもので
盲点になっていると見られます。
 エアコンや換気扇の汚れは、カビやホコリ、ハウスダストの原因となる上、感染症対策のためにも清潔に保つことが大切と言います。特に、不特定の人が集まる飲食店、映画館やホール、電車やバスなどは、一般家庭以上に神経を使って欲しいものです。それに、フロン排出抑制法では、
業務用エアコン等のすべての機器に3ヶ月ごとの簡易点検を、一定規模以上の機器には1年または3年ごとの有資格者による定期点検の義務があり、点検義務を怠り、行政から「指導→勧告→命令」を経て、違反した場合は50万円以下の罰則もあります。軽視されがちなエアコン洗浄ですが、我が社でも“他山の石”にしたい話です。因みに当社のエアコンは家庭用ですが、昨年末に分解洗浄を行っており、フィルター洗浄は月に一回は励行しています。 

雑感 「トップダウンとは、トップが現場に下りること」鈴木修会長 (R3.3.18) 
 一般的に言われるトップダウンとは、日本語で上意下達を意味していますが、スズキの鈴木修会長は「トップが現場に下りることだ」と語っています。
 静岡県浜松市の軽自動車工業“
スズキ”を、世界的な小型車メーカーに育てた鈴木修(91)会長は、先般、今年6月の株主総会で会長職から退くと発表されました。同会長は1978年に社長就任以来、「中興の祖」「カリスマ経営者」として知られ、経営・人生にまつわる数々の名言・至言を残しています。
 記憶に残り多少でも、その精神をマネている話として、まず「ボトムアップ(下意上達)とはコストアップ。トップダウン(上意下達)はコストダウン。下からの積み上げで決めようとすると、議論百出で時間ばかりかかる。トップダウンこそコスト削減の近道だ。」そして「トップダウン(上意下達)はトップの号令で動くことではなく、
トップが現場に下りることだ」とかみ砕いています。これを聞いたとき、実に核心を突いた至言と受け止めたものでした。また、「コスト削減は結果だ。現場に金が落ちている」「一円刻みでものは考えなければならない。一円ですよ、勝負は」と語っておられ、このような徹底した現場主義は規模の大小に関わらず大切なことと思っております。最近では、インドやハンガリーでも現地生産され、更に販路を中東、​アフリカ、EUでも広げる反面、中国での生産からは一早く撤退しています。
 なお、2019年に行われた鈴木修会長とトヨタの豊田章男社長との対談が「ここだけの話」と題してユーチューブで閲覧することができます。 

雑感 「国立市北でみられる“建築限界”の建物のこと」(R3.03.13) 
 “建築限界”とは、駅のプラットホームなどの建造物のほか、信号機、標識などを軌道に近づけることができる限界のことで、鉄道関係者、特に保線員や列車見張り員(列見)などの皆さんは詳しいはずです。
 さて、近所にある鉄道線路の跡地付近で線路跡や建物にカメラを向ける方を見かけることがあります。きっと、熱心な鉄道ファンの方なのでしょう。ここにはJR中央線の国立駅から鉄道総合技術研究所(鉄道総研)の引き込み線があったのですが、20年近く前に廃線になっています。廃線跡の大部分は“ぽっぽみち”と名付けられた遊歩道になっています。また、その名残の一つとして、鉄道総研関連の四階建ての建物があります。この建物の階段の作り方で“
建築限界”と言う言葉が理解できる施設です。“建築限界”と言う言葉は一見建築用語のようですが、実際は交通工学或いは鉄道用語なのでしょう。
 なお、電車の接近を工事関係者に知らせる列車見張り員(列見)の経験がある友人の話では、「在来線の近くで立哨する際は、枕木の端からスコップ1本分、約1メートルは離れろ」と言われているそうです。
 写真の建物は、国立市北二丁目にありますが、鉄道総合技術研究所(鉄道総研)の関連施設のはずで、引き込み線があった当時の名残です。 

雑感 「“江の島道”は神奈川県の江の島や大山に向かう古道でした」(R3.3.9) 
 最近、神奈川県伊勢原市の大山詣り(阿夫利神社)の旅番組で、大山からの江の島方向の相模湾や相模平野の絶景を知り一度は行きたいと思っています。
 さて、立川市や国立市内で「
江の島道」という表示や施設を見つけることができます。だいぶ前ですが、この「江の島道」沿いに現場がありましたので、「なぜ江の島の名が付いたのか?」と由来を質問したことがありました。すると「“江の島道”は江戸時代には伊勢原市の大山詣りが盛んで、大山詣りと江の島巡りはセットだったそうで、道路名はその当時の名残りでしょう。」と教えられたのです。それにしても、江の島までは100キロ近い距離があるのに、昔の人は随分と遠方の目標を道路名にしたものだと思ったものです。
 地図で確認しますと、立川の砂川宿辺りから南方に道が伸びていて、立川市幸町、立川市立第八小西側、国立市の東京女子体育大学西側、更に国立市谷保の万願寺の渡しを経由して、鎌倉街道(大山道)、大山、江ノ島方面に伸びています。大山道は大山参拝が盛んになった江戸時代に、主に関東の四方八方の道が大山に通じるように整備されたようです。
 ウィキペディア(Wikipedia)によると大山道の主要なものに、青山通り大山道、府中通り大山道、八王子通り大山道、柏尾通り大山道、田村通り大山道、羽尾通り大山道、六本松通り大山道、蓑毛通り大山道があるとあります。「全ての道はローマに通ず」ではありませんが、まるで「
関東の全ての道が大山に通ず」のような全盛の時代があったそうです。
 “江の島道”も、大山道の支線の一つのような道路だったでしょう。
 

雑感 「中央線高架、天沼陸橋、地上駅、踏切の名残などのこと」(R3.03.5) 
 「JR中央線高架、天沼陸橋、地上駅、踏切の名残り」と並べましたが、関連している話です。先日、久々に高架化されたJR中央線を新宿まで利用しましたが、相変わらず「荻窪」駅の前後は、線路や駅も地上駅でした。高架になりますと、街の分断解消や踏切が無くなり人身事故も激減していると聞きます。
 さて、当社はJR荻窪駅に近い青梅街道沿いの
天沼で昭和50年に創業ですから気にしている場所です。当時聞いた話ですが、荻窪駅付近が高架出来ない理由は、天沼陸橋が邪魔だからそうです。天沼陸橋は、戦前、中島飛行機・荻窪工場等への円滑な物資輸送路として工事が始まりましたが、建築中に空襲で破壊されました。それでも戦後に工事を再開して昭和31年に完了しています。
 つまり、先に陸橋が完成したため工事の邪魔になったと言う理由でした。
 無理に高架にするなら、まず道路側を地下化するなどの迂回路が必要になります。ただ荻窪駅付近の地下には、青梅街道を露天掘りした地下鉄丸ノ内線があり、かなり深い地下道になるはずです。この程度なら技術的に可能でも予算は高額になりますから、関係者は二の足を踏むことになります。更に、荻窪駅付近で気付いたことは、駅東側に踏み切りの名残りがあったことです。この踏切は、旧青梅街道が線路を横切っていた当時の名残りで、現在は工事車両の出入りや、万が一、天沼陸橋が通行止めされた場合の緊急用として残してあるのでしょう。
 

雑感「忍耐とは自分を抑える事ではない。希望をもって耐える事である」(R3.3.1) 
 1月は「行く」2月は「逃げる」3月は「去る」とも言いますが、今年も“草木の芽吹く”からとされる「いゃーよい(弥生)」の三月です。早朝、我が社のカレンダーを捲りますと、3月の標語は「忍耐とは自分を抑える事ではない。希望をもって耐える事である。」とあります。
 コロナ禍の中で日本だけでなく世界中で耐えることを余儀なくされていますが、改めて“
忍耐”という言葉の意味を噛みしめています。人類はコロナ禍から忍耐を学ぶのでしょうか。
 解説を、そのまま掲載しておきます。
 
近頃「忍耐」という言葉を使う機会が少なくなってきたうよに思います。物資の少ない時代を体験されている年配の方々にとっては、その当時は、衣食住という生活の基本的なことさえままならず、「耐え忍ぶ」ことを日常なごく当たり前のこととして受け止めていた記憶があると思います。忍耐というものは、人間の心身を鍛えてその能力を伸ばしていくため、また社会生活においての和を図るための心掛けとして、今の時代にこそ、なお更必要なものだと思います。ただ、それが何の楽しくもない展望もなく、現状維持だけのために自分の心を押さえ込む、というようなものであっては意味がありません。耐えなければならない事の本当の意味を知り、いつの日にか飛躍するために、自ら進んで耐えようとする勇気と希望を伴ってこそ価値があります。自分を支える心の柱が、自分の将来への強い情熱と確信から成り立っていることに誇りを持って進んでいきたいものです。 

雑感 「昭和天皇は『二・二六事件』当時の国民の貧困を知らなかった」(R3.2.25)
  昭和11年(1936年)の『二・二六事件』から、明日で85年となります。
 昭和天皇は、よくテレビ小説を視聴されていて、1983年(昭和58年)放送当時「おしん」を視聴されて「ああいう具合に国民が苦しんでいたとは、知らなかった」と述べられたそうです。また、“おしん”の原作と脚本を担当した橋田壽賀子氏は、おしんの誕生年の設定を昭和天皇と同年の1901年(明治34年)とし、その意図は「昭和天皇にご覧頂くためであった」と語っています。
 さて、「
二・二六事件」の反乱軍を指揮した青年将校らの目的は、「昭和維新の歌」で「権門(けんもん)上(かみ)に奢れども国を憂うる誠なく」とうたって当時の政権を破壊し、反共の北一輝らの影響を受けた「皇道派」を中心とした天皇親政の実現でした。青年将校らは、陸軍首脳を通じて昭和天皇に政党や財閥を排除し天皇親政の国家を樹立する昭和維新を訴えています。そして、侍従武官長・本庄繁陸軍大将は「御前に進むこと13回」も青年将校たちに同情的な進言に対して、昭和天皇は当初からそれを認めず「賊軍」と断じて、「自ら近衛師団を率いて鎮圧する」との意向を示しています。歴史にIFは無いは鉄則ですが、当時、昭和天皇が国民の塗炭の苦しみを知っていたなら、昭和維新の結末はどうなっていたかなどと、つい同情的に考えてしまいます。
 事件後、反乱軍とされた青年将校2人が自決、青年将校13人と民間人6人に死刑が下り銃殺され、参加した兵士は激戦地に転任され
皇道派は壊滅し、陸軍の主導権を争っていた統制派の力が強まり軍が政治を意のままにする契機となったそうです。昭和天皇は昭和天皇独白録で、積極的に自分の考えを実行させたのは、終戦のときと、二・二六事件のときだけだったと回顧されています。

雑感 「駿河国(静岡県東部)の今川家は、杉並区今川に名を残す」(R3.2.21) 
 当社は昭和50年、杉並区天沼で創立しましたので、杉並や中野辺りにも多くの御客様がおりました。そこで知ったのは、杉並区井草や中野区鷺宮、練馬区中村辺りは今川家の知行地で、幕府から特別待遇を受けていた事です。今川家は足利宗家の継承権を持つ吉良家の分家で、義元の時代は駿河(静岡東部)に君臨して「海道一の弓取り」といわれました。この駿河に家康(竹千代)は1549年7歳で人質となり、義元が1560年の桶狭間の戦いで信長に敗北するまで人質でした。その後は義元の子・氏真は家康の庇護を受け、更に氏真の子・直房が継ぎます。
 直房は儀式や典礼を司る役職
高家として幕府に仕え、家康没後に東照大権現として祀りたいと朝廷と交渉役を務め実現しました。この功績等から1645年に三代将軍・家光から井草や鷺宮一帯を賜り、今川の地名や菩提寺の観泉寺、青梅街道の八丁等に名残りがあります。
 因みに戦国時代は、各地で始まりも終わりも、武将らへの関心も見解もまちまちですが、個人的には概ね東海道沿いで起きた戦いに関心があります。
1554年「村木砦の戦い」2月、鉄砲伝来から11年、信長が実践で使用して今川義元に勝利。
1554年「甲相駿の三国同盟」3月、武田信玄、北条氏康、今川義元の同盟。
    上杉謙信に対抗する他、台頭著しい信長に対抗する目的があったとされる。
1560年「
桶狭間の戦い」信長軍と今川義元軍の合戦。信長が義元の首をとる。
    今川氏の人質だった松平元康(家康)は今川軍千余を率いて先鋒を務めた。
1562年「清洲同盟の結成」元康(家康)と信長の同盟。元康は今川と断交を決断する。
1569年「
大宮城の戦い」今川氏側の駿河・大宮城(現・富士宮)の富士氏を信玄が侵攻。
1570年「
姉川の戦い」信長・家康軍VS浅井長政・朝倉景健軍の戦い。信長側の勝利
1573年「
三方ヶ原の戦い」徳川・織田両軍が敗戦するも、信玄の急死で西進を断念。
1575年「
長篠の戦い」信長・家康連合軍と武田勝頼の軍勢が激突。武田軍が敗北。
1579年「築山殿と松平信康の悲劇」養父・義元の命で家康に嫁いだ瀬名姫は信康をもうけ
   築山殿と呼ばれた。信康に嫁いだ「徳姫」は信長の娘であり、徳姫から信長への手紙
   に信康と不仲や、築山殿は武田勝頼と内通していると密告。信長は築山殿の殺害と
   信康の切腹を家康に命じる。信長からの妻子の殺害命令に家康は生涯恨みを持つ。
1582年「
甲州征伐の戦い」3月、信長と家康は勝頼に勝利し、家康は遠江、駿河を得た。
1582年「本能寺の変」6月21日。後に家康は光秀の親族南光坊・天海を側近に取り立てた。
1582年「清洲会議」7月16日。織田家の継嗣問題及び領地再分配に関する会議
1584年「
小牧・長久手の戦い」秀吉と織田信雄VS家康陣営の戦い。家康陣営の勝利
1600年10月21日「関ヶ原の戦い」は天下分け目の大決戦といわれる。
 

雑感  「“南部鉄瓶”で鉄分を補給して免疫力を高めています」(R3.02.17) 
 郷里の富士宮市西側に隣接する山梨県南部町は源氏南部氏発祥の地であり、後に子孫が奥州に移り住み、南部藩として永く栄えました。鉄器を造りはじめたキッカケは、藩主が茶道を嗜んだことからで、祖先の出身地・甲州から鋳物師を、京都から釜師を呼び寄せたのが“南部鉄器”の始まりだそうです。今でも多くの国民に重宝されるのは、無骨で頑丈そうな風合いが好まれることや、鉄器から滲みでる純鉄は、不足しがちな鉄分補給に効果的だからでしょうか。そもそも、鉄分は吸収率が悪く、一日に必要な鉄分は食物からは一割程度ですから、鉄器から出る鉄分の補給は極めて効率的と思います。
 贈って頂いた“南部鉄瓶”は、岩手県の生産地に近い出身の友人からですが、毎日、この鉄瓶で沸かしたお湯でお茶やヒーヒーなどを飲んでいますと、鉄分不足は感じなくなっています。静岡県富士宮と岩手県は一見縁遠いのですが、南部鉄瓶を使うようになり、更に南部藩の歴史を知ると身近に感じております。
 付け加えますと、昭和50年に開始された日本の
伝統工芸品の指定第一号は「南部鉄瓶」だそうですから使うたびにズッシリした鉄瓶の重さ同様に有難さが伝わります。また、改めて山梨県の地図を見ますと、南武町は静岡県側に突き刺さるように位置しており、海が欲しかった武田信玄の思いが感じられます。

雑感 「世界的なコロナ禍の中、クーデターや震災を心配する」(R3.02.14) 
 コロナ禍が続く中では、重大な災害や事件に巻き込まれる心配をする必要があると思っています。理由は、“感染症+大災害・大事件”は「単なる偶然でしょう」と簡単に言えないほど連動していると言われているからです。
 まず、1918年から約20年間も世界的に大流行したスペイン風邪では、世界で約4000万人が、日本でも1918 年から1920 年にかけて2 回流行し、約38万人が死亡しています。間もなく起きたのが1923年の関東大震災で約10万人の犠牲者が出ました。つまり、感染症の犠牲の方がはるかに多かったのです。
 他にも幕末期の、1854年に安政東海地震、1855年に安政江戸地震、そして3年後の1858年から約3年間はコレラが大流行しています。最初は1858年米国船の乗員が長崎にコレラ菌を持ち込んだことが発端で、徐々に東に移動して江戸だけでも約3万人の死者がありました。このコレラ感染症で「日本人の外国人に対する見方は大きく変わった」と言われ、1858~1859年の安政の大獄、そして天下をひっくり返した明治維新へと時代は一気に大きく動いたとされます。
 最近では、今年1月1日の英国のEU離脱、2月1日のミャンマーのクーデター、また、昨日2月13日深夜の福島・宮城の震度6強の地震は、世界的なコロナ禍の中で、世界中の何処で天災や大事件、異変が発生しても関連づけがちですが、改めて“
備えあれば患いなし”を肝に銘じたいと思います。 

雑感 「“建国記念の日”に日本に伝わる多くの昔話を想う(R3.02.11) 
 “建国記念の日”の趣旨は「建国をしのび国を愛する心を養う」とあります。
 初代の神武天皇が即位した紀元前660年を元年として始まることで、世界で群を抜いて古い国家です。何も「古いから優れて有り難い」訳ではありませんが、長ければ長いほど伝統が育まれ、奥行が深まることは必然です。その証の一つに民間隅々に伝承されている“
昔話”があります。昔話や民話はその民族や地域に語られている時間の間だけ実在すると言われます。つまり、その国や民族が途絶えたなら、そこの昔話も同時に消える儚い運命です。正に、侵略し征服したなら他国、他民族の歴史を全て消し去る焚書坑儒の典型に見えます。
 生まれ育った富士宮周辺にも多くの昔話が伝承されてきました。「むかしむかしあったとさ・・・」「あるところに・・・」などと時代も場所も漠然と始まり、「狐に化かされた話」「底なしの池」「かぐや姫」「山の背比べ」「かちかち山」等々を祖父母らに聞かされ育ったものです。過去、日本最大の国難とされる約800年前の“元寇”で、仮にモンゴル帝国に負けて日本民族が淘汰されたなら、このような昔話は勿論、皇室や言語など様々の伝統文化は悉く破壊・廃止され、蒙古の英雄伝や騎馬民族の自慢話に塗り替えられたはずです。
 そして、今日の“建国記念の日”に当り、多くの昔話が伝承されている日本に、改めて誇りと自信、魅力を感じているところです。
 “日の丸や 風切り誇る 建国日”
 “建国日 日の丸掲げ 満ちる信” 

雑感 「コロナ禍の最中、自宅で”プチ湯治”を楽しむ」(R3.02.10)  
 昔の湯治は、自分たちで湯治場に調理器一式や食材、寝具、テレビなどを持ち込んで自炊しながら、長期滞在していました。祖父母や両親も富士川沿いの山梨県側にある下部温泉峡に湯治によく出かけていたものでした。
 さて、コロナ禍で外出もままならず、温泉地は勿論、近くのスパや銭湯に出かけるのも控えがちな毎日が続いております。そのような折、自宅で気軽に出来る”
プチ湯治”が注目されています。これを真似て、休日には自宅の風呂に有名温泉地モドキの入浴剤を入れて、朝昼晩と何度でも温泉気分を満喫することがあります。自宅なら、宿代も交通費も無料で、誰にも気を遣うことなく好きな時間帯にのんびりと長風呂を楽しむことができます。欠点は、温泉独特の匂いや雰囲気がないことや、多少は電気代・水道代のアップすることです。この程度の欠点を補って余りあるのは、爽快感と満足感で、気分をリフレッシュすることで明日への英気を養うことが出来ると思っています。
 いずれは、風呂場の入り口に温泉のれんを掲げたり、銭湯絵師が描いた絵画や防水テレビなどを準備すれば、より一層温泉気分もアップすると思っています。昔、会津の小原庄助さんは“
朝寝 朝酒 朝湯が大好きで身上つぶした”と謡われていますが、そうは言われない程度に巣ごもり生活を楽しみたいものです。 

DIY「人感センサー付」や「明暗センサー付」LEDで防犯対策(R3.02.07) 
 「人感センサー付LED電球」や「明暗センサー付LED電球」を自宅の内外にDIYで取り付けて防犯対策や事故防止対策をしているお宅がありました。
 「
人感センサー付LED電球」は、センサーが反応する場所に人や動物等が入るとLED電球が点灯して足元を照らしたり、或いは周囲に人や動物の接近を知らせるするものです。「明暗センサー付LED電球」は、センサーで昼間帯や明るい場所では自動消灯して、夜間帯や暗い場所でも自動点灯するものです。
 取り付け場所は、玄関灯、門灯、駐車場、庭のライトアップなどで、常夜灯や防犯灯としてです。人感センサーが感知する距離は5~8mとカタログにありましたが、そのお宅ではセンサーの真下10数mでも反応していました。取り付け場所として注意が必要なのは、人通りが多いと何度も点灯することや、草木があると風の強い日は、草木が揺れるだけで反応することだそうです。
  写真は一見スピーカーに見えますが、コード付きソケットに約千円の「人感センサー付LED電球」と適当なサイズの植木鉢を利用して、雨や雪で電灯が濡れないように傘を取り付けたものです。5年前に取り付けたそうですが、随分と長持ちするようです。 

雑感 「黙読・黙食・黙浴・黙乗・黙動・黙走・黙煙・黙買・黙演」など(R3.02.01) 
 新型コロナウイルス対策で発令中の緊急事態宣言は、一か月程度期限を延長する公算が強く、引き続き不要不急の外出や三密を控えるなどの自粛生活が続きそうです。ところで、「」から始まる言葉として、「黙読」「黙殺」「黙秘」「黙認」「黙礼」「黙示」「黙想」などが思いつきます。
 ところが、新型コロナ感染症の感染拡大を最小限にするため、食事中は黙って食べようと「
黙食」、銭湯やサウナでも黙って入る「黙浴」などの呼びかけに目が留まりました。この他にも時節柄の造語として、
 〇電車・バスでは黙って「黙乗」
 〇喫煙所でも黙って「黙煙」
 〇スポーツジムでは黙って「黙動」
 〇ランニングも黙って「黙走」、
 〇買い物も黙って「黙買」
 〇舞台は身振りと表情で「黙演」
などが思いつきますが、あまり有り難くないことです。当面は接客や営業をはじめ、人前で語ったり、演じる方々は相当神経を使うことでしょう。そして、ウィズコロナからアフターコロナでは引き続き、除菌をはじめ、マスクや仕切り板で飛沫防止などが“
基本スタイル”として継続するはずです。
 なお、今日から二月“
如月”です。如月の由来は、まだまだ寒さが厳しく、更に衣を重ね着する「衣更着」の説や、気候が陽気になる頃で「気更来」の説があることから、気候が和らげばコロナ感染者は必ず減るでしょう。 

雑感 「鬼という恐ろしものはどこにある 邪見な人の胸に住むなり」(R3.01.29) 
 新型コロナの蔓延から死者総数も相当に増加と思いきや、昨年1~10月の死亡数は前年同期より1万4千人減少と厚労省が発表しています。感染症対策が多方面に影響しているのでしょう。また、警察庁は昨年の交通事故死者数は2839人で、前年の3215人から376人(11.7%)減少と発表。昨年は移動自粛などで交通量の減少が要因とみられます。また、犯罪認知件数は全般的に減少しているのに、親族間の比率が高い殺人は減少していません。在宅が多いと空巣は減っても、顔を突き合わせると憎しみが募るのでしょうか。また、昨年(1月〜10月)の労働災害死者数は585人で前年同期比35人(5.6%)の減少です。
 更に、インフルエンザや肺炎の死者も激減しており、これは同時流行しない“ウイルス干渉”が理由のようです。これらの減少傾向に比べ、昨年の自殺者数は、2019年より750人(3.7%)多い
2万919人と発表されました。自殺は10年連続減少だったのに11年ぶりに増加しています。コロナ禍による倒産や失業から生活困窮者の追い込まれた自殺者を忘れてはならないと思います。
 一休禅師は「
鬼という恐ろしものはどこにある 邪見な人の胸に住むなり」と語っています。地獄なり鬼なりはどこにあるかといえば、みな身心の中にある。「邪見」はまちがった人生観や世界観です。身びいきや見がってなエゴイスティックな人生観や世界観が地獄の世界であり鬼の住むところなのです。 松原泰道『一休さんの幸福論』から

DIY  「テラス屋根の掃除は雨上がりが絶好の機会です」(R3.01.27) 
 家回りの、テラス、カーポート、サンルームなどの多くは透明や半透明の“ポリカーボネート板”を使用しています。これら付帯設備は建物の印象をアップさせ、快適な空間を演出する反面、チリやホコリ、鳥のフン、虫の死骸、落ち葉などで結構汚れるのが現実です。このような汚れは即ち、建物の外壁や車、洗濯物などを保護している訳ですから、定期的なメンテナンスも必要です。
 テラスやカーポートの屋根の
掃除のタイミングは雨上がりがチャンスと思います。雨で汚れが浮いて取れ易くなるので、少量の中性洗剤でこびり付いた汚れも落ちます。その時、活躍するのが“給水モップ”と伸縮棒や竹竿です。給水モップはホームセンターで1.500円位で購入し、屋根の高さや幅に合った竹竿などの棒を取り付ければ簡単です。
 写真は二階のベランダから掃除しているところで、給水モップに約3メートルの伸縮棒を取り付け、バケツの水に少量の中性洗剤を混ぜています。モップを雨どいに垂らすように落として、軽く数回往復移動すれば中の汚れもスッキリ落ちると思います。
 “雨上がり 汚れ気になる テラス屋根”
 “雨上がり モップの棒を 伸ばしたり”
 

雑感 二色交互に見える「琉球畳」は上品で落ち着きがあります(R03.01.25)
 「鬼滅の刃」の炭治郎が着る羽織の柄が市松模様といわれるのは、江戸時代の歌舞伎の人気役者が着ていたからで、互い違いに並べた幾何学模様は上品で落ち着きがあると思っており、当社の応接コーナーは、この模様に見える琉球畳です。
 さて、
琉球畳は大分県国東半島産の“七島藺(しっとうい)”を畳表に使ったもので、半畳の縁なし畳です。七島イは三角形の断面を持ち、これを半分に裂いて乾燥させて織り込んだもので、普通の井草とは異なり柔道の畳に使われるほど丈夫です。
 それに、琉球畳は一色だけなのに、模様を互い違いに並べることで二色使っているような発色を見せてくれます。これは陽の当たる方角によるもので、時間帯や見る角度で違った表情を見せてくれる楽しみがあります。
 最近、この琉球畳を採用した施工例が御座いまして、先日完成したばかりです。琉球畳は基本的に半畳の縁なし畳ですが、「起きて半畳寝て一畳、天下取っても二合半」と言う言葉もあるとおり、主に畳に座って生活する日本人には落ち着く形とサイズと思います。益々、炭治郎の羽織模様として評価されるかも知れません。
 “初春を 毀滅の柄が 迎えけり”
 “ハイセンス 市松模様の 青畳み ”

DIY 「室内での凍死は、熱中症の死者の二倍だそうです。」(R3.01.20) 
 我が国では平安の頃から1年を春夏秋冬に分けたうえ、更に各季節を6つに「小寒・大寒・立春・雨水・啓蟄・春分・清明・穀雨・立夏・小満・芒種・夏至・小暑・大暑・立秋・処暑・白露・秋分・寒露・霜降・立冬・小雪・大雪・冬至」と分けた“二十四節気”と呼ぶ暦が使われて来ました。この暦は、節目節目の行事や農作業などの基準になってきたはずで、私達の祖先が季節の移ろいを敏感に感じながら生活をして来たことを今に伝えています。
 さて、今日1月20日は“大寒”です。例年、概ね1月20日~2月3日ごろは、1年で最も寒い冬本番を迎えます。厳寒期には、雪下ろし中の事故、猛吹雪やホワイトアウトによる事故などが報じられる他、
室内で凍死する事故は、2017年の例では熱中症死は635人なのに、凍死は1371人ですから倍以上です。対策には室内の保温ですが、壁に断熱効果の高い断熱材を使っても冷気が一番伝わる場所は窓です。足元に冷気が流れ込むコールドドラフト対策には、断熱や厚手のカーテン、或いは、厳寒期は断熱ボードで塞ぐ案があります。特に、睡眠中は免疫機能が低下して「風邪は睡眠中にひく」とも言われますから、風邪ウイルス対策のためにも寝室の保温は大切です。
※ 写真は、一枚170円位の養生シート(プラダン)を網戸とガラスの隙間に差し込んだだけの簡単な防寒対策です。
 “コロナ禍や プラダンシートの 出番あり”

  “窓ガラス 断熱シートで 邪払う”

DIY 「暖房効率が悪い吹き抜けを一時的に塞ぐ裏技の紹介」(R3.01.16) 
 家を建てる際には多くの方が、平屋、二階建て、木造、鉄筋、吹き抜け、地下室、ツーバイフォー工法、在来工法、太陽光発電、二階リビング、床暖房、オール電化、対面キッチン等々を一度はご検討されるはずです。
 今回は今も根強い人気がある玄関やリビングなどの“
吹き抜け”のメリット、デメリットに触れたいと思います。“吹き抜け”の最大のメリットは開放感で、玄関や部屋が広々に感じるし、採光が良くなり、換気効率が高くなり、また2階と繋がり家族の動きを感じることが出来ます。しかしデメリットも多く、窓が高くなるので窓掃除が難しかったり、一階の音や匂いが二階に上ったり、二階の間取りが勿体ないと思われる他、冷暖房効率が著しく悪くなるなどを上げることができます。
 先日、数年前に新築されたお客様に「今年の冬は寒いので、冬の期間だけでも“吹き抜け”をふさぐ方法はないか?」とご相談を受けました。このお宅の抜きぬけの構造は分かっていますので、
突っ張り棒と養生シートで塞ぐことが出来るはずと電話でアドバイスしました。そうしますと数日後に「突っ張り棒は100円ショップで、半透明の養生シート(プラダンシート)はホームセンターで購入して自分で塞いだ。暖房が逃げないので随分暖かくなった。」と連絡を受けました。
 この程度のことでも職人を派遣すれば手間賃が発生しますが、DIY(ドゥ イット ユアセルフ)なら三千円程度で仕上げることが出来ます。なお、養生シート(プラダンシート)は一枚500円位、2メートル前後の突っ張り棒なら一本300円位で購入できるはずです。また養生シート(プラダンシート)は、窓ガラスのサイズに切り数か所を両面テープで取り貼り付けると、室内の防寒や騒音対策にもなる中々の優れものです。
 “吹き抜けの 欠点知るや 寒い朝”
 “厳寒に プラダンシートの 役如何に” 
 “コロナ禍や DIYの 腕を見せ”

雑感 「ウイルスがいたから人間も生き物も誕生し進化した?」(R3.01.13)  
 太古の地球では、火山の噴火、大陸移動、ウイルスや微生物が付着した隕石の頻繁な落下など様々な要因から、約40億年前に原始生命が誕生したとの仮説があると聞きます。この原始生命の誕生を促したと見られるウイルスの研究は神の領域とされる生命の起源と進化に迫るようなものと言われます。
 この仮説を証明する手段の一つとして、地球外の惑星や宇宙から小石や土砂などの試料を採取して持ち帰る“
サンプル・リターン”が注目されています。最近では、ハヤブサ1号は「イトカワ」から、2号は「リュウグウ」から土砂などを持ち帰っており、日本の技術が世界から高く評価されています。また、火星からの“サンプル・リターン”を目的としたNASAと欧州宇宙機関(ESA)が共同で進めているマーズ・サンプル・リターン(MSR)計画のロケットは昨年末に打ち上げられ、順調なら地球帰還は2030年代初頭だそうです。小惑星より引力が強い火星からの持ち帰りは、ロケットも大型になるので大変です。
 勿論、日本も負けておらず、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、火星の衛星「フォボス」からの
サンプル・リターン計画があり、数年中の打ち上げを目指しています。成功すれば火星に生命が存在した痕跡の発見につながると期待すると同時に、持ち帰ったウイルスや微生物が地球を汚染する可能性があるとして、受け入れ態勢も採取以上に慎重です。また逆の、地球のウイルスや微生物を他の惑星に持ち込む恐れも同時に心配されています。

雑感  「風邪の特効薬を開発したらノーベル賞?」(R3.01.08) 
 新型コロナウイルス感染症の話題が注目されて約一年経過しますが、身近では一人として感染者がいないことは幸いなことです。しかし実際は国立市でも、新型コロナウイルスの感染状況は市のホームページで知らされ、1月5日時点で 126人の感染者が見つかり、うち89人は既に退院とあります。それなのに、個人情報が某県のように漏れていないことは良いことですが、簡単に噂が広まりがちな地方ではそうはいかないようです。
 昨年末、ある地方都市で自ら院長として病院を経営する方が新型コロナに感染してしまい、夫婦共に自殺に追い込まれたことを知りました。医師ましてや院長という立場上、世間体から居たたまれ無くなったのでしょう。
 さて、昔から“
風邪の特効薬を開発したらノーベル賞”と言われています。
 新型コロナウイルスも風邪の一種ですから、今回の騒ぎから世界中の研究者が特効薬やワクチン開発に取り組んでいます。勿論、期待はしますがウイルスの数が数百万種と多すぎることや、ウイルスも生き残るため頻繁に変異することから、ウイルス個別のワクチンも特効薬も期待は薄いそうです。
 人類の歴史より、ずっと古い太古の昔から存在するウイルスのしぶとさから、“
ウイルスと共生”が一番賢い方法と唱える学者の意見に注目しています。ウイルスは厄介な存在に見られていますが、近年の研究で「人類をはじめとする生物の進化を促す」働きがあることが分ってきたそうです。ウイルスを絶滅させるなど思いあがった考えは、早く改めるべきと思います。 

雑感 「感謝の心で暮らせることが真に豊かな生活である」(R3.01.03) 
 数日ぶりに換気のために会社の事務所に入り、まず令和3年1月の我が社のカレンダーをめくりますと、「今月の標語」は“日常の生活を感謝の心で暮らせることが真に豊かな生活である”とあります。
 全くその通りと常々思っていることであり、会社設立以来45年の歳月が流れていることに想いを馳せています。そして我が社を指名して新築やリフォームして頂いた方々、又、我が社の賃貸物件を利用して頂いておられる方々などに感謝の気持ちが自然と湧いて来るのです。
 正確なデータは見たことは無いのですが、会社を立ち上げても「
企業の10年後の存続率は、1割未満」と言われています。事実、自社を立ち上げた45年前当時にお付き合いがあった関連会社の殆どは、オイルショック、バブル、リーマンショックの折りや、後継者不足などで次々と会社を畳んでしまった現実を見て来ました。このような現実を考えると、これ迄、誰にも何処にも迷惑をかけずに会社経営を続けていられることに感謝せずにはいられません。そこで駄作を詠むと、
 “初春や 幾星霜の 回顧あり”
 “コロナ禍や 霜踏む路地の 息白し” 

新年あけましておめでとう御座います。本年も宜しくお願い致します(R3.元旦) 
 新年あけましておめでとうございます。昨年中は格別のご厚情を賜り、有り難うございました。引き続き本年も宜しくお願い致します。
 昨年2020年の干支(えと)は「
庚子(かのえのね)」でした。「庚(かのえ)」は終わりを「子(ね)」は始まりを意味しており、事実、新型コロナウイルスという未知の感染症の蔓延で世界中の人々の生活は勿論、政治、経済まで大変な変化を余儀無くされました。そして、今年(令和三年)2021年の干支は“辛丑(かのとうし)”です。
 昨年来のコロナ禍の中で文字通り、当面は「
辛さ」が続きますが、ワクチンや特効薬の開発、正しい知識と対応などで一段落したならば、新たな希望が芽生える年になると予測されています。よって、必ずや人類の英知が新型コロナの正体を解明して勝利するか、或いは、いずれはウイルスと共生することを学ぶと信じて、前向きに頑張りたいと思います。
 “辛丑(かのとうし) 辛さ負けじと 初詣で”
 

雑感 カレンダーや暦の改訂はAIに任せたらスッキリ?(R2.12.24) 
 “クリスマス”は例年12月25日ですが、“冬至”は12月21日か22日です。
 しかし、大昔は冬至に合わせて、元旦(1月1日)もクリスマスも同じ日だったと考えられるそうです。カレンダーも暦も時計もない大昔の人々は、日々の変化、季節の移ろいを五感で感じながら生活していましたから、太陽再生の起点となる“
冬至”はとても重要な日であり、誰からも分かり易い日でした。
 それが、約400年前、ローマ教皇グレゴリウス13世の命で、ユリウス・カエサル(シーザー)が紀元前46年に制定した「ユリウス暦」を改訂して、春分の日を3月21日頃に調整しています。そして、キリスト教徒が最も大切にするイースター (復活祭)も、ユダヤ人が隷属から解放されエジプトを脱出したことを祝う「ニサンの月」の過越祭(ペサハ)からですから実に複雑です。
 当時から“
冬至”を基準に元旦に決めて、春分の日は3月21日に固定すれば分かり易いとの意見も多かったそうです。「真の権力者は時を支配する」と言いますが、ユリウス(シーザー)もグレゴリオ13世も限界があったのでしょう。
 いずれにしても、12月25日の“クリスマス”はイスラエルで誕生したユダヤ人のイエス・キリストを祝う日として後に根拠なく定められました。現代では日本もマネて、クリスマスツリー、ケーキ、七面鳥等の準備、更にはサンタからのプレゼントまであります。また、パソコンやサーバなどのOA機器は、西暦(グレゴリオ歴)で動いていますから、現代社会の多くはローマ教皇の“グレゴリオ13世”に支配されているのかも知れません。今後、カレンダーや暦を大幅に改訂するときは、人より信頼されているAI(人工知能)にお任せしたら、世界中の国々や民族が納得するものにしてくれるはずです。
 

雑感 “すごいぞ”日本の科学技術「はやぶさⅡ」 (R2.12.20) 
 地球から約3億キロ離れたサイズ約900mのリュウグウに到着させる技術は「日本からブラジルにある6センチの的を狙うのと同等」と関係者が語っていました。これは、どんな所もピンポイントで攻撃できる訳で、軍事転用の恐れから中止すべきと〇〇会議から指摘されるのではと心配してしまいます。
 さて、12月6日地球に再突入した“はやぶさ2”のカプセルからは、サンプル(砂)の量が約5.4gだったと報じられました。これは目標の50倍を超える量であり、これを国内分、NASAおよび海外分などに小分けして、残りの40%は分析技術が向上した将来のために保管するそうです。また、サンプルを地球に無事に送り届けた“はやぶさ2”は機体の状態も良好、燃料も半分以上残っていることから、次は直径わずか30mの小惑星「1998 KY26」に向かっています。
 新たな任務の一つは、天体が地球に衝突することを回避させる「プラネタリー・ディフェンス(スペースガード)」の研究と聞きます。この事から、地球に衝突の恐れのある小惑星を爆発させて軌道を変える為に石油採掘員達を派遣する映画『アルマゲドン』を思い出しています。果たして、日本の宇宙科学技術が世界をリードして、
地球防衛の最前線に立つ日があるのでしょうか。 

雑感 「ご先祖の数と日本の神話に想う」(R2.12.19) 
 自分から見て、両親が1代前、祖父母が2代前、曾祖父母が3代前、高祖父母が4代前としますと、当然ながら親の数は、1代前に2人、2代前に4人、3代前に8人、4代前が16人と倍々計算になります。そして、十代遡ると千人超、20代遡れば100万人超、28代遡れば1億人以上の先祖を持つ計算になり、このご先祖の一人として途切れない命のバトンから、自分が存在していることに気付きます。もし一人でも欠けていたら、今の自分はこの世に居なかったのですから、存在自体が奇跡的なことです。
 近年の研究では、世界中の人類の祖先をミトコンドリアDNAで十数万年遡ると、たった一人のアフリカの女性に行きつくと言われています。この理由からか知りませんが、日本船舶振興会・会長の笹川良一は“人類はみな兄弟”と唱えていました。尤も、50世代前(千年以上)、100世代(二千年以上)も遡れば、殆どが血縁者となるはずで、この言葉も説得力があります。特に日本人として大切な話として、古事記や日本書紀の神話で語られる、イザナギ、イザナミ、アマテラス、大国主大神、ツクヨミ、スサノオら神々の事も忘れてならないと思います。きっと、殆どの日本人のご先祖はこの神々にもつながっているはずです。 
 

雑感 「一年のサイクルが短く感じる理由は・・・」(R2.12.15) 
 子供のころ、あれほど長く感じてした一年も、歳を重ねるごとに一年のサイクルが早いと感じています。12月1日の今日も「あっという間の一年ですね」と挨拶していました。それにしても、年齢を重ねるに従って“体感年齢”が早く過ぎるように感じています。これを「ジャネーの法則」と呼ばれたり、「往路より帰路の方が短く感じる」と言われています。個人的には、「知らない道は遠く感じるが、知っている道は短い」と感じると説明することがあります。先日、川崎市内に何度か行く機会がありましたが、初日は府中街道が随分と長く感じていましたが、一度距離感を体感しますと、意外に近いと感じていました。一年間も1月から12月の暦、春夏秋冬、折々の行事を知ってしまうと、無意識のうちに次の準備をしているもので、これが短く感じる一番の理由と思っています。今年は特に年初からコロナ騒ぎが日本だけでなく世界中を覆いつくしており、あれよあれよと歳月が流れてしまった感があります。
そこで駄作を詠むと
 “庚の子(かのえのね)コロナコロナと 年の暮れ”
 “何もかも 早く感じる 師走かな”
 “枯れ葉舞う 街道長し 年の暮れ” 

雑感 「新型コロナウイルスVS インフルエンザ」の勝敗は?(R2.12.13)
 ウイルス同士が感染の邪魔をする“ウイルス干渉”から新型コロナウイルス感染症とインフルエンザは同時流行しないと見られているそうです。
 さて、12月11日現在の日本の新型コロナウイルス感染者数は172,638名、死亡者は2,533名と集計されています。これに対して、インフルエンザ患者は今年の9、10、11月の合計は139人で、昨年のほぼ同時期の計5万6974人と比べると約0.24%に減ったと驚きのデータが報じられています。この理由は、日本人の多くが励行するマスク着用や手洗い、うがい、除菌などの効果に加え、新型コロナとインフルエンザは似たような感染経路があることで、ウイルス同士が感染の邪魔をする“
ウイルス干渉”という現象の可能性があるそうです。
 これから“
毒をもって毒を制す”、“火は火で治まる”と言う諺を連想しています。つまり、悪に対して別の悪で対抗する事であり、ワクチンも似たようなものでしょう。それにしても、新型コロナウイルスのワクチン開発競争では、日本は完全に外国に負けているように見えます。その理由は平素からの研究の積み重ねの差、開発費の差、危機管理能力の差なのかも知れません。 

雑感 「“性善説と性悪説”どっちに軍配を上げる?」(R2.12.07) 
 二千年以上も前の中国の思想家・孟子は「性善説」は、人は生まれながら「善」なのに成長過程で悪に染まるから躾が大切。また、荀子は「性悪説」で人は元来「悪」だから厳しい躾と教育が必要だと一般的に言われています。
 先日、ラジオから「世界は性悪説に基づいた社会であり、軍備や強い法規制で国を治めている。逆に日本は、あり得ない性善説を期待して、最小限の軍備や、国内も緩やかな法律で治めるお人好し国家だ」と語っていました。しかし、現実は人も国家も善も悪も行うもので、近年の強国、米国も中国もそう見えるし、偉人と言われる人達の生き方もそう思えます。
 池波正太郎は「鬼平犯科帳」の火付盗賊改方の長官・長谷川平蔵に、「
人はいいことをしながら悪いことをする。悪いことをしながらまたいいことをする。」と何度も語らせています。つまり、国家も人間も本性は善だ悪だなどと、簡単に割り切れるものではないようです。
 “善と悪 併せ持って 年の暮れ ”
 “コロナ禍や 争い絶えぬ 国や人”
 “年の瀬に 行き交う人の 思いやり”
 “善悪の 基準如何に 時流れ”
 “行く年の コロナ対策 善悪は” 

雑感 「新型コロナウイルス対策には免疫力アップで・・・」 (R2.11.19)
 “免疫”は細菌やウイルスなどの病原体から身体を守ってくれる防御システムだそうです。この免疫力のアップには、適度な運動と睡眠時間、バランスの良い食生活、そしてストレスを貯めないこと、と言われています。
 さて、11月18日は日本国内で新たに新型コロナウイルス感染者は2100人超、都内では493人が新たに感染を確認。感染者累計は120,815例、死亡者は1,913名と発表しており、東京都では今日にも警戒レベルも最高に引き上げるそうです。とは言え、感染者累計が100万人を超えた、米国、印度、ブラジル、露、仏、スペイン、アルゼンチン、英国などと比較すれば、安全の範囲と楽観視される方もおります。
 いずれにしても、日本人のマスク、手洗い、うがいの習慣は当然として、医療水準の高さ、風呂好きや家では靴を脱ぐなどの生活様式、元来の衛生観念の高さも大きく影響しているはずです。また個人的には、常に飲料水は郷里の富士山の伏流水とし、野菜や魚介類は出来るだけ旬の食材で免疫力を高めていますから病気知らずです。そこで駄作を詠むと
 “旬さいで 免疫上げて 風邪退治”
 “コロナ禍も 免疫高め 攻める秋”
 “籠りやに 旬さい届く 秋の暮れ”
 

雑感 「民主的な選挙は無用の殺し合いを避けるため・・」(R2.11.06)  
 日本でも武家や実力者の後継者争いなどでは殺し合いになることもありましが、近年は無用な争いを避けるために“選挙”が採用されたと言われています。しかし、広い世界の中では暴力的な軍事クーデターや革命などで、政権を奪い合う事例は今も絶えません。
 今、米国大統領選挙は泥沼にはまったように混沌として一触即発の現状が報じられています。民主主義国家、或いは資本主義圏の盟主とされる米国が、大統領選挙をめぐって大混乱の最中です。民主国家の「選挙」は、国民が政治に参加し主権者として、その意思を政治に反映させることのできる最も重要な機会です。「人民の人民による、人民のための政治」は民主主義の基本であり、その代表者を選ぶ選挙は、その生命線ですから、お手本の国らしく秩序正しく「公正」「公平」且つ機会平等に粛々と行って欲しいものです。そこで駄作を詠むと
 “選挙で 秋枯れを見る 美国かな”
 “白城に 夕日傾く 秋の空”
 “黄昏も ここに至れり 美国かな”
 “ともかくも 選挙終れば 年の暮れ” 

雑感  「幽世(かくりよ)と現世(うつしよ)」(R2.10.15) 
 最近、神道の葬祭に出席する機会がありましたが、祭主の神主さんが「○○刀自命は、ただいま幽世(かくりよ)に旅たたれました」と語っておりました。そして神道では、私たちが生きているこの世界は現世(うつしよ)と言い、死者が逝くあの世は、隠世(かくりよ)や幽世(かくりよ)と呼ぶと黄泉の世界を説明されました。更に、殆どの神社や家庭の神棚には“鏡”がありますが、“鏡(かがみ)”の真ん中には“我(が)”の文字があります。この我(が)をとることで神(かみ)になること。また、普段、神様は神殿や神棚の奥深くにおられますが、鏡によって現世(うつしよ)を見ていると考えられるそうです。
 つまり、隠世(かくりよ)は、意外とこの世の近くにあって、生きた人間の世である現世を観ていると語っていました。神社や神棚に手を合わせるときは、このような教えを思い出したいと思います。
 “現し世と 黄泉の境は 鏡なり”
 “現し世は 虚実混沌 秋の風”
 “現し世の 秋は短し 枯れ葉舞う” 

雑感 「前8年の次は後三年の政権が続く?」(R2.10.01) 
 後三年駅(ごさんねんえき)は、秋田県南部のJR奥羽本線の駅です。駅名の由来は一帯が「後三年の役」の古戦場と知られています。平安時代後期、1062年「前九年の役(ぜんくねんのえき)」で陸奥の豪族・安倍氏が斃れた後、1083年に源義家(八幡太郎義家)が陸奥守として陸奥国入りすると「後三年(ごさんねん)の役」が勃発し、奥州藤原清衛と源義家の連合軍が勝利した戦いでした。芭蕉は奥州平泉で、この戦いの興亡を偲び“夏草や兵どもが夢の跡”と詠んでいます。これらの経緯を知ると、前8年の次は少なくとも後三年の政権が続くと予測されます。第99代の総理大臣に選出された菅義偉(71)も、首相補佐官に10月1日付で就任する柿崎明二氏(59)もこの近くの出身ですから、これらの戦いを知らないはずはありません。菅政権は発足間もないのに、デジタル庁創設、脱ハンコ、携帯値下げ、不妊治療無料化など次々と過去に無い政策を打ち出しています。そこで駄作を詠みますと、
 “後三年 続くと予測 菅政治”
 “永田町 兵どもの 秋の陣”
 “改革に 柿色加え 秋がいく”
 “菅邸に 柿色交え 秋の空” 

雑感 郷里の静岡県富士宮市は高低差が日本一の自治体です。
 富士宮市は北西部は山梨県に隣接し、東側の富士山麓の約三分の一を管轄。南端の富士市境辺りには富士川が流れ、新東名高速道路が東西に走っています。富士山の標高は3776mであり、南端の富士川辺りの標高最低地点は35mだそうですから、その高低差はなんと3741mです。この高低差から数キロ離れただけで、気温差、天候の差も大きくなります。そして、気温・天候の違いから、自然の景観、豊かな水源、文化遺産、農業、産業など多様な地域が育まれています。主な観光名所として、世界遺産の富士山をはじめ、「白糸の滝」「音止の滝」「田貫湖」「朝霧高原」「駒止めの桜」など四季折々の大自然を満喫出来ると思います。(R2.6.6、文責・杉山) 

雑感 今すべき事を先に延ばすと実行しにくい事情が起きてくる 
 早くも6月。我が社のカレンダーをめくりますと、「今すべき事を先に延ばすと実行しにくい事情が起きてくる」とあります。そして、日々新しい事柄が生じ、目移りする中、まだ心の中にその問題に対する前向きな気持ちが持続できている間が、すべき「今」であり、実行するのに最良の機会なのだと気づきたいものです。と解説しています。
 今年は新型コロナウイルス問題を克服できずにいる今、この問題解決に微力ながら協力することが喫緊の課題です。
 そこで駄作を一句 
 “庚(かのえ)の子(ね)コロナコロナと過ぎていく”
 “庚(かのえ)の子(ね)見えぬコロナが 世を変える”
  ※今年(2020)は十干十二支(じっかんじゅうにし)で「庚子」です。「庚(かのえ」)は終わりを「子(ね」)は始まりを意味しており、大きな変化がある年と言われています。(文責・杉山)

雑感 我が社の玄関先で一句 「玄関で  凛々しく待つは アマリリス」
”♫♫みんなで聞こう 楽しいオルゴールを ラリラリラリラ しらべは アマリリス♫♫”と、我が社を出入りする際、思わず口ずさんでしまいそうになります。
 最近少々疲れ気味の小生ですが、紅白鮮やかな姿で力強く励ましてくれています。そこで駄作を一句
 “アマリリス 元気出してと 咲き誇る”

 “玄関で  凛々しく待つは アマリリス
 アマリリスの花言葉は、「輝くばかりの美しさ」だそうです。
 (R2.5.25、文責・杉山) 

雑感 ワラビを頂いて駄作を一句 “ 初ワラビ 里の新聞 包まれて” 
 今日は山形県出身の友人から山菜の“ワラビ”を写真のように頂きました。ワラビを包んだ新聞紙には“山形新聞”とありましたので、詳しい産地を尋ねますと「鳥海山の麓で採れたものです」と聞きました。
 早速、灰で灰汁(アク)出しして、5センチ程度に切ってショウガ醤油でお浸し、みそ汁の具材、豚肉などとの炒め物にして食べようと思っています。そこで更に一句
“あら嬉し 里山忍ぶ ワラビかな”
“ワラビ採り 明日の献立 混ぜご飯”  (R2.5.17、杉山) 

 ※ワラビは灰汁抜きが必要なので、食べるのは翌日以降になってしまいます。 

雑感 我が社の玄関先で一句 “春の花 コロナ恐れず  咲き誇る
 我が社の玄関先では、春の花が咲き乱れています。
 根拠は知りませんが、背丈の短い花は上を向いて咲き、高い所で咲く花は下を向いて咲くと聞きます。理由は、花は人を癒すために咲く運命があるのだそうです。そういえば、タンポポやチュウリップなど多くの花は上を向いて咲き、背の高い所で咲く桜やハンカチの木の花は下を向き、人と背丈が同じ程度の高さのひまわりやダリアなどの花は横を向いて咲いています。
 そこで駄作を一句「春の花 コロナ恐れず 競き誇る」 (R2.5.16) 
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雑感 家庭菜園にカボチャの苗を植える(R2.5.7) 
 隣町に50坪ほどの家庭菜園がありますが、今年も作付けの季節となりました。昨日はカボチャの苗を手に入れましたので、今日中にも暇を見て植えたいと思っています。カボチャは16世紀“カンボジア”を植民地にしていたポルトガル人が日本に持ち込んだ歴史あります。カボチャはビタミンAを豊富に含んでおり、収穫後、約1か月頃が食べ頃となることから保存性に優れた野菜と言われています。(文責・杉山)  

雑感 鹿児島の灰汁巻を頂いて一句 “端午には 灰汁巻き食べて 邪はらう
 鹿児島ご出身で行政書士の上園さんから、鹿児島名物のあくまき(灰汁巻き)を頂きました。
 あく巻は、もち米を一晩灰汁に付けた後、もち米を竹の皮で包み、灰汁(あく)でジックリ炊いて作るそうです。戦国時代からの兵食だそうで二週間も日持ちすることから、薩摩藩は幕末や西南戦争当時も盛んに作って、食料補給の物資として戦地に届けたと語られています。
 最近では、男の子が丈夫に育つよう端午の節句に合わせて作られると聞きました。もっちりとした粘りのある食感からは薩摩藩士の強さと、藩士を送り出した家族の絆の強さが伝わってきます。このあく巻は上園さんの高齢の母上が作られたそうです。(R2.4.25、文責・杉山)
 

雑感 「実家の庭先からの富士 “開山は ここと決めたり 日興上人“
 トップに使用した富士山の写真は、出身地の富士宮市北山本門寺付近から撮影しています。この辺りは、富士の山頂が王冠のように見える地点として知られています。
 静岡県富士宮市北山4965所在の「北山本門寺」は、日蓮上人の直弟子である日興上人が1298年に開山していますが、生家はこの北山本門寺に隣接しています。(R2.4.20、文責・杉山)
 
 

 大日建設㈱の社屋です。平成28年に建て替えています。
  社屋の弁天通りに面した東側に、「大日建設㈱」と「大日行政書士事務所」の看板を取り付けました。どうぞ気軽にお立ちより下さい。